熊本地方裁判所 昭和25年(行)17号 判決
原告 鶴末八
被告 熊本地方検察庁人吉支部検察官 検察官事務取扱検事
一、主 文
原告の訴はこれを却下する。
訴訟費用は原告の負担とする。
二、請求の趣旨
原告は「被告が昭和二十四年五月十一日原告の訴外瀬田康記に対する告訴事件につきなした不起訴処分はこれを起訴処分に変更する。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求めた。
三、事 実
「原告は昭和二十三年六月十三日午前七時頃自宅で自己所有の防水板壁の補修工作に從事していたところ、当時湯前町警察署長であつた訴外瀬田康記は原告に何等の犯罪行爲もなかつたのにかかわらず、突然寢衣着用のまま原告方に不法に侵入した上暴力をもつて原告の作業を制止して原告の正当な権利行使を妨害し、原告の弁解も聞き入れず、「俺のいうことを聞かぬと荒繩で縛り上げる」とか「三ケ月以内に立退命令をする」等の脅迫的言辞を弄し、強いて原告が建造物損壞並びに公務執行妨害の罪を犯した現行犯人であるとなし、その職権を濫用して不法に原告を逮捕し、引き続き数十時間に亘り同警察署等において原告を監禁した。そこで原告は右瀬田署長が職権濫用罪を犯したものとして被告に告訴したところ、被告は昭和二十四年五月十一日罪とならずとの裁定の下にこれを不起訴処分に附し同月十三日原告にその旨の通知をなした。よつて原告は右処分を不服として刑事訴訟法第二百六十二條の規定により熊本地方裁判所に審判の請求をなしたが、同裁判所八代支部において請求棄却の決定がなされ、右決定は同年十二月二十九日原告の許に送達された。然しながら瀬田署長の前記行爲が刑法所定の職権濫用罪を構成することは明白であるから、被告は右のような犯罪については国民の基本的人権の尊重及び公共の福祉保護の爲よろしくこれを起訴すべきであつて、被告が採証の方法を盡さず、事実を誤認し、且つ法律の解釈、適用を誤まつて、前記のような不起訴処分をなしたのは明かに不当且つ違法な処分で、右処分により原告の基本的人権は著しい侵害を受けた。よつて行政事件訴訟特例法の規定に則り右不起訴処分を起訴処分に変更する旨の判決を求める爲、本訴請求に及んだ」と陳述し、本訴が不適法であるとの被告主張に対し、原告が本件において訴訟の目的としている事項は裁判所法第三條第一項により当然裁判所の裁判権に属するもので、本訴は適法であると述べた。(立証省略)
被告は主文同旨の判決を求め、その理由として、「被告が原告主張の日その主張のような告訴事件につき不起訴処分をなしたこと、原告がこれに対し刑事訴訟法第二百六十二條により熊本地方裁判所に審判の請求をなしたが、同裁判所八代支部において請求を棄却されたことは爭わない。然しながら現行法上檢察官の不起訴処分に不服がある者は檢察審査会法により檢察審査会の審査を求める方法によるか、或は特定犯罪の場合につき刑事訴訟法第二百六十二條以下の規定に從い裁判所の審判を請求する方法によるの外、行政事件として裁判所にこれが救済を求めることはできないのであつて、原告の本訴は本來裁判所の裁判権に属しない事項を目的とする不適法な訴であるから却下せらるべきであると述べた。(立証省略)
四、理 由
本件訴は要するに告訴事件について檢察官のなした不起訴処分が違法であるとして、行政事件訴訟特例法により、右処分を起訴処分に変更すべきことを求めるものであるが、現行法上檢察官の不起訴処分に不服がある者は檢察審査会法により檢察審査会の審査を求める方法によるか或は職権濫用罪(刑法第百九十三條乃至第百九十六條)の場合につき刑事訴訟法第二百六十二條以下の規定に從い裁判所の審判を請求する方法によるべきであつて、これらの方法によるの外、別に行政事件として裁判所にこれが救済を求めることはできないものと解すべきである。蓋し現行法の建前として、公訴権は刑事訴訟法第二百六十二條以下において唯一の例外を設けた外檢察官に專属し(第二百四十七條)、檢察官は事件が告訴、告発その他の請求によると否とを問わず、その裁量によつて事件の起訴、不起訴を決定する権限を有するのであつて、右権限の行使に対しては、檢察審査会による審査乃至前掲第二百六十二條以下の場合を除き、裁判所と雖もこれに制約を加えることは許されていないからである。從つて原告の本訴はそれ自体裁判所の裁判権に属しない事項を目的とする不適法な訴であるといわなければならない。原告は裁判所法第三條第一項を根拠として本訴が適法である旨主張するけれども、右に述べた如く現行制度の下においては、事件を不起訴処分に附するや否やはすべて檢察官の判断に委ねられているのであるから、不起訴処分についてはさきに述べた方法によつてその当否を爭い得る外、法律上これが違法を攻撃してその適否を爭う余地は全くないものというべきであつて、要言すればこのような爭は同法第三條第一項にいわゆる法律上の爭訟に該当しないわけである。
よつて本訴は不適法としてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用して主文の通り判決する。
(裁判官 川井立夫 池畑祐治 下門祥人)